太郎は、bar「雅」の常連客。オーナー兼マスターの亨とは学生時代の先輩・後輩の仲。太郎が、今付き合っている夕子も、会社の飲み会で、初めて来てから、常連客となり、二人は雅で何度か、顔を合わせるうちに、意気投合し、自然に付き合い始めた。二人の関係がこじれるたびに、太郎の先輩である亨が、相談に乗ってきた。今夜も、ちょっとした喧嘩をして、太郎がマスターと二人で話している。亨が太郎に問いかけた
「すると、8月23日じゃないと、どうしてもだめだというのか、夕子は?」
「そうなんですよ、亨さん。」
と、太郎は答えた。亨は少し眉をしかめ、
「なんか、あるのか8月23日に?」
と聞いた。太郎は少し考えたが、結論がでず
「それが、よくわからなくて・・・・。」
と答えた。続けて
「ちょうど、その前の日から出張で、帰ってくるのは、24日なんで、どうしても23日にはこっちにいない。だから、その日に会うのはどうしても無理だって、何度も説明したんですけどね。どうしても23日じゃないと意味がないって聞かないですよ。」
亨は苦笑いしながら話した。
「確かに難しい注文だな」
「太郎が、愛を取るのか、仕事を取るのか、夕子はそこまで考えてたりして」
太郎は亨の意外な一言に少し動揺し言った。
「そんな大げさな・・。」
「時に女というものは、男がつまないと思うことも大事なことだったりするからねぇ」
「そんなものかなぁ」
と、太郎は軽く頬杖をついた。
太郎が、軽く落ち込んでいる様子を見て亨が言った。
「そういえば、太郎は夕子のどんなところが好きなんだ?」
太郎は意表をつかれ、少し照れて話し始めた。
「それは、そうだなぁ、うまがあうというか、気が合うし、思い込んだら、一途で、がむしゃらなところがあって、振り回されることもあるけど、そこもまた魅力で、かわいいと思うし・・・・・。」
「くしゅんっ!」と、カウンターの中からくしゃみが聞こえた。
亨が、カウンター内に隠れていた人物に言った。
「これだけほめてもらったんだから、もう、許してやったら?」
太郎は言った。
「夕子・・・?」
恥ずかしそうに夕子が立ち上がった。
「私・・・がむしゃらかな!?」
夕子の迫力に少しひるみながらも、太郎は言った。
「そんなつもりで言ったんじゃ・・・ないけど」
太郎の困った様子を見て、夕子は少し可笑しくなった。
「気づいて欲しかったの!」
亨は二人の様子を見て口を挟むのを控えた。
「何を?」
と、太郎は困惑した。
「本当に覚えてない、8月23日?」
夕子はヒントを出した。
「公園」
「あっ」
太郎はやっと思い出した。その日は太郎が夕子に「付き合って欲しい」と、打ち明けた日。友達から、恋人に二人の関係が変わった日。
「ごめん」太郎は思わず謝った。
夕子は小さな声で言った。
「ばか」
太郎はきまづそうに夕子を見た。
亨は二人にカクテルを差し出して言った。
「そのカクテルはintently。」
「日本語に訳すと一途ってとこだな。」
太郎と夕子は微笑みながらお互いを見つめた。